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福岡地方裁判所大牟田支部 昭和41年(ワ)64号 判決 1969年10月22日

原告

西キク子

ほか三名

被告

大牟田トラック運送有限会社

ほか一名

主文

一、被告両名は連帯して、原告キク子に対し金一、四八七、一六六円、原告謙二、敏彦、靖夫に対し各金七五八、一一〇円及び之等金員に対する昭和四〇年九月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、被告株式会社三井三池港務所は、原告キク子に対し金八一〇、八三四円、原告謙二、敏彦、靖夫に対し各金六〇六、八九〇円及び之等金員に対する昭和四〇年九月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三、原告等の被告大牟田トラック運送有限会社に対するその余の請求は棄却する。

四、訴訟費用は被告両名の連帯負担とする。

五、第一、二項は原告等において担保として各自金三〇万円宛を供託して各被告に対し仮りに執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は、被告等は各自、原告西キク子に対し、金二、二九八、〇〇〇円、原告西謙二、西敏彦、西靖夫に対しそれぞれ金一、三六五、〇〇〇円及びこれ等金員に対し昭和四〇年九月四日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の連帯負担とする。との判決並びに仮執行の宣言を求め。その請求の原因として、

一、原告西キク子(大正一一年一月四日生)は訴外亡西友吉の遺妻であり、原告西謙二(昭和二六年一月二六日生)、同西敏彦(昭和二七年一一月二八日生)、同西靖夫(昭和三〇年六月九日生)は、右友吉の長男、二男、三男である。

被告大牟田トラック運送有限会社(以下単に被告大牟田トラックと略称する)は、貨物の運送を業とする有限会社であり、訴外広瀬安夫は、同会社に庸われている自動車運転手である。

被告株式会社三井三池港務所(以下単に被告三池港務所と略称する)は、電車による石炭の運送その他を営む株式会社であり、三池港務所港駅から浜駅その他に通ずる軌道はその経営路線の一つであつて、その軌道施設は被告三池港務所の所有占有にかかるものである。

二、訴外亡西友吉は、被告三池港務所に操車手として勤務し、送炭電車編成及びその入換作業に従事していたものであるが、昭和四〇年九月三日午前六時五分頃、大牟田市新港町一番地三池港務所港駅構内において、同構内にある積炭車をけん引すべく訴外水谷幸春運転のナンバー22電気機関車前部に乗車して、これを外廻り線から盈車線の方に誘導しながら、時速約二〇粁の速度で、港務所正門から港務所本館(同事務所)に通ずる道路と、右港駅から浜駅方面に通ずる軌道とが交差する港務所三池港二号踏切(以下単に本件踏切と略称する)にさしかかつた際、右道路を港務所正門方面より同事務所方面に進行してきた訴外広瀬安夫が運転する被告大牟田トラック所有の大型トラックが右機関車に衝突したため、前記西友吉はトラックと機関車との間に狭まれて、背椎骨盤骨折、右下腿部挫減創により、約三〇分後の同日午前六時四〇分に死亡したものである。

三、本件踏切は、前記港務所正門方面から同事務所方面に通ずる道路に港務所外廻り線、上り線など多数の軌道が交差しており、しかも右軌道上を送炭車が入換えその他で絶えず行き来しているところである。また秤量所などあり、積炭車が踏切近くの軌道上に停滞あるいは極めて遅い速度で踏切に入つてくることがあるなどして、貨車の背後の軌道から踏切に入つてくる貨車の確認など、むづかしい地形状況にあるところである(該踏切の見透しの状況、交通量、貨車の通過回数、踏切の長さ、の詳細は後述の通りである。)

このような状況下にある踏切であるに拘らず、右訴外広瀬安夫は、本件踏切にさしかかる貨車に十分注意せず、警笛も鳴らさず、速力も特に減ずるところなく、前方の注視を怠り、漫然と進行したのである。本件事故は右訴外人の過失が一つの原因となつて起きたものである。被告大牟田トラックは右広瀬安夫の雇用者であり、且つ右自動車の運行供用者であるから、本件事故による後記損害について賠償責任がある。

四、被告三池港務所は、民法第七一七条に定める土地の工作物の占有者且つ所有者として、次の如く工作物の設置保存に瑕疵があつたので本件の損害を生じたことにより賠償責任があるものである。

本件踏切の状況を詳述するに、(1)、見透しの状況は、本件踏切は、附近に秤量所などがあり、且つ踏切上で軌道が交差したりして、積炭車が踏切近く又は軌道上に停滞あるいは極めて遅い速度で踏切に入つてくることがしばしばあり、しかも、外廻り線、上り線など四、五本の軌道が通つており、そのため貨車の背後の軌道から踏切に入つてくる自動車の確認など見透しが非常に困難な状況になつている。(2)、交通量について、昭和四〇年九月二二日午前七時から翌二三日午前七時までの間における本件踏切を横断する人車の交通量は、歩行者二九二名、自動車一、一七一台、軽車両(自転車を除く)九台、原付及び二輪自動車八三四台、三輪自動車四五台、乗用車二八二台、その他四一五台、である。(3)、貨車の回数、右日時における本件踏切を通過した貨車の回数は、入換車両二〇四台、線区を通じて時速四〇粁以下で且つ長さが三〇米以下の貨車二三両、その他の貨車五一輛、(4)、踏切の長さ及び幅員は、本件踏切は軌道が四本通つており、外廻り線から上り線に出る軌道が一本交差しているので、踏切の長さ約二〇米で、幅員は少くとも自動車が交差できる幅である。

右踏切を横断している鉄道は地方鉄道法による鉄道であつて、前記のような状況にあるから、本件踏切には何等かの事故防止のための保安設置がなされなければならないのに、本件事故当時、右鉄道の占有所有者である被告三池港務所は何等の保安設備もしていなかつた。そのため、本件踏切において昭和三八年三月以降昭和四〇年までの間に、大小一四回の事故が発生した事実がある。現に本件踏切について、運輸省鉄道監督局民営鉄道部より福岡陸運局に対し、「何等かの保安設備を設置させるよう指導する必要があると思われるが、現地の実情に則して検討されたい」との指示があり、陸運局は、昭和二九年四月二七日付鉄監第三八四号通達「地方鉄道及び専用鉄道の踏切道保安設置、整備標準について」に基き調査の上、地方鉄道法施行規則第一七条により警報機設置をその後認可している。また本件事故後に、本件踏切について、福岡労働基準局より労働安全衛生規則第九九条によつて監視人を配置するよう勧告がなされている。これ等行政機関の指示指導勧告等を勘案するとき、本件踏切は、地方鉄道建設規程第二一条第三項に定める「交通頻繁にして展望不良なる踏切道には門扉その他相当の保安設備をなすべし」との場所に該当する。

以上の通りであるから、被告三池港務所が本件踏切に何等の保安設備もしていなかつたことは、同被告の占有所有している土地の工作物である軌道の設置又は保存に瑕疵があつたものである。そして、本件事故はその保安設備がなされていなかつたために、前記トラックを運転していた広瀬安夫及び西友吉両名共、相互の車と貨車に気づかず進行したために発生したものであるから、明らかに本件事故は保安設備の瑕疵によつて生じたものである。

五、共同不法行為について、

被告大牟田トラックが自賠法第三条により賠償責任があること、右トラックの運転者たる訴外広瀬安夫が本件事故発生につき過失があつたこと、は前に述べた通りである。しかも本件事故発生の原因は右広瀬安夫の運転上の過失のみでなく、被告三池港務所の保安設備の不備と関連共同して生じたものであり、且ついずれの行為も明らかに損害に対して因果関係があるから被告両名は共同の不法行為者と謂わねばならない。仮りに被告三池港務所に無過失責任が認められる場合であつても、被告大牟田トラックに過失が認められる以上、そこに関連共同によつて損害が生じた本件の場合には、共同不法行為の成立を妨げる事由にはならない。

六、損害額について、

(一)  被害者西友吉は、本件事故当時は満四五年一〇月であつて、被告三池港務所操車手として平均月収二五、三五〇円を得ていた。生活費月五、〇〇〇円を控除すれば年純収益は金二四四、二〇〇円となる。平均余命二五・七年であるから、稼働年数を二五年として、ホフマン式計算法によれば逸失利益の現在高は、金三、八九五、〇〇〇円(千円以下切捨)となる。これを原告キク子は妻として、他の原告等は子として相続したので、その各人の取得額は、原告キク子は金一、二九八、三三三円で、その他の原告等は各金八六五、五五五円となる。

(二)  原告西キク子は大正一一年一月四日生であり、他の原告等三名はいずれも未成年者である。キク子はこの子等を今後女手一つで扶養教育していかねばならず、且つ長年苦楽を共にした一家の支柱たる夫と死別して今後生活と精神面において多大の打撃を被つている。又他の原告三名はそれぞれいわば人格形成の途上にあり、このような時期に父親を失つた精神的打撃は甚大なものがあると謂わなければならない。そこで慰藉料として、原告キク子は金一〇〇万円、他の原告等三名は各金五〇万円が相当である。

七、故に右(一)(二)の合計として、原告キク子は金二、二九八、〇〇〇円、他の原告等三名は各金一、三六五、〇〇〇円(いずれも千円未満切捨)及びこれ等に対する本件事故による損害発生の翌日たる昭和四〇年九月四日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

被告等両名は、原告等の請求は棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。との判決を求め。

被告大牟田トラック訴訟代理人において、答弁として、

一、請求原因第一項の事実中、被告三池港務所に関する部分は不知、その余の事実は認める。

二、同第二項の事実中、原告主張の日時場所においてその主張のような衝突事故が発生し、原告等の被相続人西友吉が死亡したことは認めるが、電気機関車前部に乗車して誘導しながら時速約二〇粁の速度できたことは否認し、その余の事実は不知。

三、同第三項の事実中、本件踏切は、附近に秤量所などあり、積炭車が踏切近くの軌道上に停滞あるいは極めて遅い速度で踏切に入つてくることがあるなどして貨車の背後の軌道から踏切に入つてくる自動車の確認などむづかしい地形状況にあるところであること、本件事故は広瀬安夫の過失がその一因となつて起きたこと、被告大牟田トラックが右広瀬安夫を使用し、自己のため運行の用に供していた自動車で西友吉を死亡させたこと、は認めるが、本件踏切は多数の軌道が交差し送炭車の行き来が絶えないことは否認し、その余の事実は不知。

四、同第四項の事実中、本件踏切に保安施設が設置されていなかつたことは認めるが、被告三池港務所が事故防止のため保安設備を怠つていたことは不知、その余の事実は否認する。

五、同第六項の損害額についての事実中、(一)の原告等の相続関係は認めるが、西友吉の生活費が月五、〇〇〇円は否認し、その余の事実は不知、(二)は争う。

六、本件事故は、被告大牟田トラックの使用人広瀬安夫の過失と、当時秤量線上にいた車輛の運転手相川茂、当時の入換の電気機関車の運転手水谷幸春、同機関車の操車手亡西友吉の、各過失の競合によつて生じたものである。

(1)  水谷幸春の過失

入換えの場合の速力は毎時一五粁以下としなければならないのに(三池鉄道線運転取扱心得第六四条)、本件事故当時、入換えの電気機関車の踏切通過の速力は時速二五乃至三〇粁の速度であつて、明らかに義務違反である。又他方、入換えの際運転手は線路に支障のないこと等を確める義務がある(右心得第四四条)。このことから入換えをする運転手は線路の前方は勿論、その左右にも注意して、線路に支障がないことを確かめること、殊に本件事故当時は、秤量線上に秤量車が秤量中のため、その東側の蔭になつた部分の見透しが極めて悪く、いつ自動車や人等が踏切を通過するかも判らず、従て踏切の手前で一五粁以下の速力に減じ人車の通過を発見した場合、いつでも停車して事故を未然に防止すべき義務がある。しかるに、水谷運転手は、当時東側の秤量線上に機関車が踏切近くまで来ていたのに、その向う側(東側)から広瀬安夫運転のトラックが踏切に向つて西進して来ているのに不注意によつて気付かず、踏切の手前の端から二、三米の所に進行してきた時初めて気付いて、なす術なく本件衝突事故を起したものである。若し水谷運転手が注意して前方左右を確認しておれば、右のような状況においても、約二三・五米手前で広瀬安夫運転のトラックが右踏切に向つて来ていることに気付く筈であり、若しこの地点で気付いていたとすれば、当然時速一五粁以下の速力を減殺し、踏切手前でいつでも停止できるよう措置をして、本件事故を未然に防止し得た筈である。ところが、水谷運転手は、前方確認を怠り、秤量車があれば自動車の踏切通過はないものと軽信し、速力を規定通り減速しなかつたことと相俟つて、右事故発生の一因をなしたものである。

(2)  相川茂の過失

相川茂は、本件事故当時、秤量線上にて秤量中の貨車の機関車の運転手であつたが、元来、本件踏切には信号機の設備なく又警手も居なかつたから、秤量線上に石炭秤量中の貨車がいるとき、本件踏切を渡ろうとして止まる自動車運転手等に対し、右秤量中の機関車の運転手が、踏切を渡る可否について合図をしてくれる慣例があつた。本件の場合も、右運転手相川茂が広瀬安夫に対し通過可の合図をしたので、広瀬は右合図に従つて踏切を通過している時本件事故を発生したものである。斯る場合、相川茂としては、秤量中の車両の西側の蔭になつている方面は勿論、秤量中の貨車の運行状況等諸般の状況から踏切安全通過ができるものと判断した上で、通過可の合図をなすべき慣例上の注意義務があるに拘らず、前記水谷運転の機関車が右踏切に入らんとするのに不注意によつて気付かず、漫然通過可の合図をしたため本件事故を起したものであるから、相川茂の過失も本件事故発生の一因をなしているものである。

(3)  亡西友吉の過失

右西友吉は、本件事故当時、電気機関車の操車手として入換作業に従事していたが、そもそも操車手は、入換えの際は線路に支障のないことを確認した後合図を正確に現示し、運転事故を起さないよう注意をしなければならない義務がある(鉄道係員服務規程第一三一条)、そして入換合図の方式に従つて合図をすることになつている(前記心得第二一〇条)、ところで、西友吉が誘導していた機関車の同人が乗つていた個所より本件踏切手前左側即ち東方一三・六米の地点で広瀬安夫運転のトラックが西方向けて進行してきているのが確認し得た筈である。従つて、若し西友吉が左右をも注意し、殊に東側の秤量線上には当時一〇輛編成の車両が秤量中であり、そのため東側の見透しが悪かつたのであるから、右車両の東側の蔭から現われて本件踏切を通過しようとする人車等に対しては特段の注意を払つていたならば右広瀬運転手のトラックを逸早く発見し得た筈であり、そうすれば電気機関車を運転していた水谷幸春に対し直ちにその旨を合図して同運転手の注意を促すべきであるから、その結果水谷運転手は急停車の措置をとり、本件事故は未然に防止し得たであろうと思われる。又、西友吉は入換えの電気機関車の速度は毎時一五粁以下としなければならないことは知つていた筈であり、当時時速二〇粁ないし三〇粁(原告は二〇粁と言う)の速力で進行していた場合は、同人は当然時速一五粁以下に減速するよう水谷運転手に対し注意を促すべき義務があるにも拘らず、西友吉は左様な注意義務を怠つたこと明らかである。

被害者側にも以上のような過失があつたのであるから損害額の算定には当然斟酌さるべきである。

七、原告等は、本件事故直後、訴外広瀬安夫から見舞金五万円を、昭和四〇年一二月二一日労働者災害補償として金八四五、〇〇〇円を受領し、又別に自動車損害賠償責任保険金二八三、三三三円を受けることになつている。以上は当然本件損害額より控除さるべきである。

被告三池港務所訴訟代理人において、答弁として、

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、同第二項の事実中、訴外亡西友吉が原告主張の作業に従事していたこと、原告主張の地点で西友吉が衝突事故により負傷しその後死亡したことは認めるが、その他の事実は不知。

三、同第三項の事実中、本件踏切が港務所正面方面から同事務所方面に通ずる港務所外廻り線上り線軌道が交錯していること、秤量所が附近にあることは認めるが、その余の状況は争う。訴外広瀬安夫及び被告大牟田トラックに関する部分は不知。

四、同第四項の事実につき、

(1)につき、本件踏切が附近に秤量所があること、石炭車が極めて遅い速度で踏切に入つてくることがしばしばあること、外廻り線上り線四本の軌道が通つていること(他に亘り線一本あり)は認めるが、踏切上で軌道が交差していること、石炭車が踏切近く又踏切軌道上で停滞すること、踏切の見透しが非常に困難な状況になつていることは否認する。

(2)につき、調査の数字は認めるが、該踏切が一般的に交通量が極めて頻繁であることは否認する。

(3)、(4)について、踏切を通過する貨車の回数、踏切の長さ、幅員は認める。

同項後半の記載事実中、福岡陸運局が地方鉄道法施行規則第一七条により、被告三池港務所に対し、本件踏切附近の電気回路の変更に対する認可をなしたことは認めるが、運輸省鉄道監督局民営鉄道部より福岡陸運局に対し指示のあつたこと、同陸運局が調査したことは不知。その他の事実は否認する。

五、同第五項につき、民法第七一七条に定める土地の工作物等の占有者及び所有者の責任と、自賠法第三条の定める自動車保有者の責任乃至は自動車運転者の業務上過失による民法第七〇九条に定める不法行為責任とが、共同不法行為の関係にたつことは否認する。

と述べた。〔証拠関係略〕

理由

一、被告大牟田トラックの責任

被告大牟田トラックは、同被告が訴外広瀬安夫を使用し、自己のため運行の用に供していた同訴外人運転の前記トラックで、本件衝突事故を起したため、訴外亡西友吉が死亡したことについては、当事者間争いのないところである。されば、同被告は自賠法第三条によつて右西友吉の死亡による損害を賠償する義務があること明らかである。

二、被告三池港務所の責任

〔証拠略〕によれば、本件踏切は、同被告所有地内にある東西道路と同被告所有占有にかかる南北に走る電車線路が交差しており、道路の幅員六・九七米、長さ二三・七五米で石畳とコンクリート路面であり、電車線路が五線通つていること(踏切の略図は参考のため別紙にて添付する)、昭和四〇年九月二二日午前七時から翌二三日午前七時までの晴天時における同踏切の交通量は、歩行者二九二人、自転車一、一七一台、原付及び二輪自動車八四三台、自転車を除く軽車両九台、三輪自動車四五台、乗用車二八二台、その他(貨物自動車等)四一五台、機関車や貨車の通過回数二七八回であること、本件事故当時は本件踏切には保安設備も保安要員もなかつたこと、を認めることができる。本件踏切はこのように道路及び軌道ともに交通量の多いところであるから、交通の安全を全うするためには保安施設の設置を必要としたものと解するのが相当である。

〔証拠略〕によれば、訴外広瀬安夫は、昭和四〇年九月三日午前六時頃、トラックに沈粉(粉炭を水に溶かしたどろどろした液体様のもの)三屯半位を積んで、本件踏切を東から西に渡らんとして踏切すれすれまで来たが、東方から二番目の秤量線に相川茂運転の電気機関車に石炭貨車十輛編成の貨車が秤量中で、機関車の先端が踏切の北端すれすれか長くても北端から四・六米以内のところに停車していたので、踏切東端に一旦停車して右貨車の動静を見ていたが、右相川運転手が右手を上に上げて踏切通過可の合図をしたものと感じ(一年位前から秤量中の機関車運転手の中には踏切通過可の合図をする者も居て、合図された場合は自動車の運転手はその合図に従つて踏切を通過していた例もあつた)、安全運転が出来るものと考えて、時速約五粁で右相川機関車の先端あたりまで進行して来たところ、右前方約一二米のところの外廻り線を北方から南方即ち踏切に向つて水谷幸春運転の電気機関車が単身時速約一二粁で進行して来ているのを初めて認めて、衝突の危険を感じ急ブレーキをかけたが、路面が沈粉のこぼれ落ちのため濡れていたのでトラックが滑走し、右発見後約六米先の踏切中央あたりの外廻り線上で、右水谷機関車の前部左端とトラックの前部右端と衝突したこと、その際、右水谷運転手も右広瀬安夫と殆んど同時頃に、広瀬運転のトラックが相川機関車の先端蔭から出て来たのを初めて認めたので、衝突の危険を感じて直ちに急ブレーキをかけたが滑走して右の如く踏切中央あたりで右トラックと衝突したこと、その際、右水谷機関車の先端左側のステップに乗つて操車信号中の西友吉は、右衝突のため打撃をうけ転倒して負傷して、約三〇分後に死亡したこと、を認めることができる。右認定に反する証拠は採用しない。

右の如き事情によつて本件事故は発生したものであつて、秤量線上には秤量中の貨車が踏切すれすれ位まで接近して来て秤量中であるし、又外廻り線には電気機関車が踏切を通過せんとして近くまで進行して来ている時であるから、若し本件踏切に保安設備があつたとすれば、おそらくこのような状況下においては右広瀬安夫はトラックを右踏切に乗入れることはしなかつたであろうと推認するのが相当である。

されば本件事故は本件踏切における保安設備の欠陥がその一因をなしているものと解するのが相当であるから、被告三池港務所は右軌道及び踏切の占有且つ所有者であるから、本件事故により生じた損害を賠償する義務あるものと謂わなければならない。

三、被告両名の共同不法行為の責任について

本件事故は、被告大牟田トラックの被用者たる訴外広瀬安夫の過失が一因をなしたのみならず、被告三池港務所の本件踏切の保安設備の欠陥もその一因をなし、しかも後者が前者を誘発していること明らかであるから、この両者は右事故に対し共同の原因があるものと謂わなければならない。されば、被告両名は民法第七一九条第一項により各自連帯にて右事故による損害賠償の責に任ずべきであると謂うことができる。

四、損害額について

(一)  亡西友吉の逸失利益

〔証拠略〕によれば、亡西友吉は、昭和二〇年頃には既に被告三池港務所に雇われ、本件事故当時は操車手として月平均二五、三五〇円を得ていたことを認めることができる。〔証拠略〕によれば、右西友吉の死亡当時は、夫婦と一四歳、一二歳、一〇歳の男児三名の五名家族のところ、西友吉の右の如き収入と妻キク子の働きと養豚内職で合計して月平均三五、〇〇〇円位の収入を得ていて、収入一杯の生活をしていたことを認めることができる。このような事情によつて右西友吉の当時の必要経費をみるに、月一万円が相当であろうかと考える。〔証拠略〕によれば、西友吉は大正八年一一月一三日生であること明らかであつて、死亡当時四五歳である。されば、尚今後六〇歳まで一五年は稼働可能であつたと解するのが相当であろう。

されば、平均月収二五、三五〇円から必要経費一万円を控除した一五、三五〇円に今後一五年稼働可能として、中間利息年五分を控除したホフマン式計算法(複式)によれば、一五、三五〇円乗ずる一三四は二、〇五六、九〇〇円となり、之が逸失利益の現在高である。

原告キク子が妻、他の原告三名が嫡出子であることは当事者間争いのないところであるから、相続分に応じた各人の取得額は、原告キク子は六八五、六三三円、他の原告三名は各自四五七、〇八九円である。

(二)  原告等固有の慰藉料

〔証拠略〕によれば、西キク子は大正一一年一月四日生にして、昭和二〇年一二月当時被告三池港務所に勤めていた西友吉と結婚し、その後原告等三児(長男謙二は昭和二六年一月二六日生、二男敏彦は昭和二七年一一月二八日生、三男靖夫は昭和三〇年六月九日生)を儲け、最近は収入一杯の生活をしていたことが認められ、夫を柱と頼み生活していたのに、その夫を失いその心痛察するに余りある。又、他の原告等もその子として一家の支柱たる父を失い精神的打撃の大きいこと言を俟たないところである。諸般の事情(西友吉の過失は除く)を考慮すれば慰謝料は、原告キク子は金二〇〇万円、他の原告等三名は各金一〇〇万円が相当と考える。

五、被告大牟田トラック主張の過失相殺

亡西友吉は、当時、被告三池港務所の電気機関車の操車手として入換作業に従事していたものであるが、〔証拠略〕によれば、操車手は入換作業の際は、線路に支障のないことを確認した後合図を正確に現示し、運転事故を起さないように注意すべき義務があること明らかであつて、踏切に保安設備のない踏切においては、踏切通過に支障のないことも確認すべき義務あるものと解するのが相当である。しかるところ、本件においては、本件踏切には保安設備がなく、当時は秤量操上には十輛編成の石炭貨車が秤量中でその機関車の先端は踏切すれすれ位にあり、その機関車のため西友吉からは東南方の視界はさえぎられてその方の見透うしが悪かつたのであるから、その機関車の蔭から現れて踏切を通過しようとする人車があり得るから、特に、外廻り線を踏切に向つて進行している水谷運転の機関車の最先端左側ステップに乗つて操車している西友吉は、自己の機関車の運転手に最徐行を指示する等して東南方の踏切の方には注意を払つていなければならなかつたのに、同人は水谷運転手に対して特別の指示をせず、且つ広瀬運転のトラックが踏切に乗り入れて外廻り線に接近して来つつあるのに気付かなかつたのか之に対し何等の反応も示さず、又之に対処するため水谷運転手に対して何等かの合図をなした形跡もなかつた(〔証拠略〕によりそのように考えられる)ことを認めることができる。

若し西友吉が、右のような情況であつたため特に東南方の踏切を良く注意していたとすれば、同人は電気機関車の最先端左側のステップに乗車していたのであるから、水谷運転手よりいくらか早く右トラックを発見し得て(〔証拠略〕によれば、この機関車の全長は一〇米で運転手は路中央に乗車している)、直ちに衝突の危険を水谷運転手に合図することも出来たであろうから、或は衝突を避け得たことも可能であつたかも知れない。又仮りに衝突が必至であつたとしても同人は衝突すれば最も危険な個所に乗車しているのであるから、自己の危難を免がれるために素早く飛下りてその危難から免がれ得たかも計り知れないことを推認し得られるだろう。

西友吉は当時なすべき注意を怠つていたのが本件事故の一因をなしているものと解するのが相当である。されば、本件事故発生に付ては西友吉にも過失があり、その割合は同人の過失は三割と解するのが相当であると思料する。

故に、原告等の前記債権額の合計から三割を控除すれば、原告キク子は金一、八七九、九四三円、他の原告等三名は各一、〇一九、九六二円となる。

六、被告大牟田トラック主張の損益相殺

被告大牟田トラックは、原告等は、訴外広瀬安夫から見舞金五万円を、労災補償金八四五、〇〇〇円を受領し、自賠法の保険金二八三、三三三円を受けることになつている。と主張するのに対し、原告等は明らかに争わないから之を自白したものとみなすべきである。

されば原告等は、被告大牟田トラックの関係においては、右受けた利益(訴外広瀬安夫が支出した分は被告大牟田トラック側からの支出と解するのが相当である)は前記債権額から控除すべきであり、その割合は前記相続分に応じて計算すれば、控除すべき金額は、原告キク子は金三九二、七七七円、他の原告等三名は各金二六一、八五二円であつて、之を前記債権額から控除すれば、原告キク子は金一、四八七、一六六円、他の原告等三名は各金七五八、一一〇円となる。之が結局原告等が被告大牟田トラックに対し請求し得る金額となり、この限度で同被告は被告三池港務所と連帯責任となる訳である。

七、結論

被告三池港務所は、抗弁を出さないから前記第四項損害額の(一)(二)合計の、原告キク子に対しては金二、六八五、六三三円、他の原告等三名に対しては各金一、四五七、〇八九円を支払う義務があるものと謂わなければならないが、原告キク子は金二、二九八、〇〇〇円、他の原告等三名は各金一、三六五、〇〇〇円しか請求していないから、その限度で支払うべきである。

よつて、原告キク子が被告両名に対し連帯して金一、四八七、一六六円、被告三池港務所に対し金八一〇、八三四円(金二、二九八、〇〇〇円から金一、四八七、一六六円を差引いた額)、他の原告等三名が各被告両名に対し連帯して金七五八、一一〇円、被告三池港務所に対し金六〇六、八九〇円(金一、三六五、〇〇〇円から金七五八、一一〇円を差引いた額)、及び之等金員に対する損害発生の翌日たる昭和四〇年九月四日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は正当として認容すべきであるが、その余の被告大牟田トラックに対する請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 小出吉次)

本件踏切略図

<省略>

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